痛々しい政治クラスタの「ヤンキー論」

これほどヤンキーをバカにした文章もないかと。
http://toyokeizai.net/articles/-/33630
一部でマイルドヤンキーなる言葉が流行り、それにのっかったのだろうか。彼が出会い、酷い目に遭ったという相手は「ネトウヨ」であり「タロー族?」であり、本文にヤンキーは一人も出て来ない。
勘弁してくれ。ネトウヨや陰謀主義者とヤンキーを一緒にしないでくれ。
ヤンキーの友人がひとりもいなかったくだらない自分をなぜ見せびらかそうとする?
みっともないって自覚がない?
同じ「ヤンキー論」でもこちらは流石に分かっていて
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140326/261791/?P=1
なにをいまさら?という疑問から情報化社会論に繋げている。しかしヤンキーと全く付き合いがない社会なんてあるんか?と、自分などは驚愕せざるをえない。昔ガススタでバイトしていた時のことはともかく、介護職の同僚、ヘルパーの元ヤン率ったら物凄いものがあるよ?あんたらの父ちゃん母ちゃんを世話してる優しげな人たちと身の上ばなしでもしてみな?
元はどっかの広告会社員が書いた「マイルドヤンキー」なる造語だそうで、マーケティングのためのくくりとしては有効なのかな、と、思わなくもないのだが、最近じゃ週刊金曜日あたりでヤンキーを持ち出すバカまで出る。その人がどんなに立派なことを言っていても、結局のところ「大多数の地元志向が強く3K仕事を営む連中」のことなんて眼中ないんだな、と思えば興冷めするだけだ。
そんなに「人ひとりの肉体的な押し出しの強さ」を嫌悪してるんじゃ、そりゃ政治の話なんて空論にしかならんよ。例は悪いがオタクをバカにする政治家をオタクは支持しないのと構造的に全く同じことが起きかねない。
ずっと「この人とはまともに話ができる」と思い込める仲間とだけつるんで、その仲間とだけで共感しうる話ばかりしてきて、しまいにはその仲間のためだけの日本をつくろうと言論し、政治を語り、政治家にまでなる。なんて寂しい一生だろう。なんて空しい言論だろう。
あのね、ひとこと、いい?
「世の中にはいろんな人がいる」ことを念頭に、その人たちと心を通わすこともできない人間が、国家を語るな。