棄国欲増大中

オバマさんの一挙一動で一喜一憂している人たちを見ていて、気持ちは分かるがげんなりもする。彼の決断がどっちに転ぼうとそれは独立国家日本が終わっていることの証としかならない。尖閣とTPPを天秤にかけるって、どっちもいらんわそんなもん。
アジアの「発展」にどれだけアメリカが貢献してきたか、という命題は、アジアがアメリカの言う「発展」を望んでいたかどうかという観点に欠ける。アメリカによる全世界グローバル化というのは地球に残された帝国主義そのものだと勝手に思っている。ちょっと前ならそういうことを言う人はそこらじゅうにいたわけだが、びっくりするくらいいなくなってしまった。つまりおいらの指向としてはこのことは「書いて置くに足りること」となる。
てかね、なんか黄門さまを待望する「悪代官に支配された村人」みたいな気分にならん?それって日本という国家への帰属意識を持つ者のメンタリティですか?既にアメリカという将軍家にお仕えする村人気分満々にしか見えんよ?自分で自分をみじめな村人にするくらいなら日本人なんてやめた方がまし、なんて捨て鉢な気分にもなる。ソチオリンピックでPussy Riotが一時的にもてはやされ「あれだけ酷い目に遭ってもロシアという国で戦い続ける」勇気が賞賛されたが、おいらにはそういう甲斐性はないらしい。大事な人たちが人殺しに行かされる見込みとなれば、大事な人たちみなを「そんなことをさせるような国」から脱出させることを一義として考えてしまうだろう。おいらの好きな日本の街や風土は放射能グローバル化の掛け声で消し飛ぶ公算が大。未練になるものは悪代官役の日本政府がどしどし消してくれるわけで。
薄情だと思うかね。けど、いざ国難になった時実際おいらが「脱出」を成就するタイミングは、守るもんもなにも見えないくせにニホンのためだーとか、理屈で騒いでる連中よりは遅くなると見込んでるよ。たぶん、あんたらよりは遅くなる。タイミングの問題じゃないと言われればそりゃそうだけどね。
人の営みは国家のためにあるわけではない。前にも書いたが「どーでもいい人の営み」のために存在する枠組みを民主主義国家と言う。国のためにならない営みなんて無駄だ、などと平気で言える人が牛耳ってる国に税金払う気なんてこれっぽっちもないさ。