尽きぬ書店ネタ

今日になって知った。「永遠の0大ヒットのきっかけをつくったのは盛岡のさわや書店なんだって?」知り合いに聞かれてポカーン。
もう書店員ネタは封印のつもりだったが、これについてはちと書くことがある。ちなみにおいらがいたのはさわや書店ではない。盛岡市内じゃないしw
案外知られていないのだが、書店でオススメ本のポップを始めたのはそう遠い昔のことではない。それを始めたのは盛岡のいち地方書店に過ぎないさわや書店で、そこには大手出版社が新刊を持ち寄り「これ、うちの新刊なんですけど、売れますでしょうか?」とお伺いを立てるほどの目利きであった名物店長、伊藤清彦氏がいた。東京で実績を積み、実家の事情で都落ちとなったが、盛岡の本当にただの地方書店でしかなかったさわや書店に就職、この会社の名を全国区にしていった過程については彼自ら筆を取った盛岡さわや書店奮戦記に詳しい。
今のさわや、特に本店はなんだか相当微妙なことになっている。「やっぱり理系でしょ!」とか「櫻井よしこを読め!」とか、あーここもネットに毒されちまったなと思うには十分だったり。で、ここでオレが問題にしたいのは「伊藤清彦氏は本当に永遠の0を推したのか」について。
とりあえず、永遠の0が発売された2006年には彼はまださわやにいる。しかしさわやが「0」を猛烈にプッシュしだしたのはこの本店ではなく盛岡駅前店(今はフェザン店というらしい)、そして文庫化された2009年以降のことだったと記憶している。つまり、伊藤氏が書店員として「0」を推したことがあるとすれば文庫化される前、店としての大キャンペーンを行う前ということになる。
だが、今日ググった際みつけたこのtogetter
http://togetter.com/li/97333
>伊藤店長との思い出話で盛り上がる。伊藤さんから勧められて、一番心に残ってる本は?の問いに、迷わず「永遠の0」と、即答を頂き嬉しくなる。
正直「本当か?」というのがこちらの気持ち。本当にあの伊藤店長が永遠の0を勧めたのか?
もちろん自分がこんなことを考えるのは今だからである。作者の百田はあんな風になり、日本は伊藤氏が激烈に勧めていた「猛き方舟」以上に卑怯な国になった。けど、あの店長が勧めたくらいだから、永遠の0にはおいらも見落とす小説としての価値があったのだろうか。
なんとなーく、違う気がするのだが、もちろん確かめようがない。今日になって伊藤氏がTwitterをやっていることを初めて知ったが、聞きに行けるような度胸はない。自分にとってはそれほど大きい人だった。そしてそのタイムラインにはむしろ反安倍政権のツイートが並んでいるのに安心していたりする自分がいる。
改めて、思うのは、小説と政治は別物だということ。世界情勢が小説世界に影響することはあるし、逆に一冊の小説が世界情勢を変えることだってある。しかしあくまで両者は別箇のものだという、当たり前のことを、もう一度、時間をかけて、考えてみようと思う。
伊藤店長は、あくまで小説の世界でその眼力を発揮したのだ。それ以上でも以下でもない。