職場と政治

えートシこいた40男が高校出たばかりのニーチャンネーチャンと二年間。介護福祉士の専門学校での学業が今日全部済んだ。二年もあーいう連中とつるんでるともう気分は完全にガキになる。4月からちゃんと社会人に戻れるか、かなり心配である。言い方は悪いが、ブログだツイッターだにうつつを抜かせたのはこの身分がかなり大きかったわけだし。
とりあえずそんな今日、かつて特別養護老人ホームに勤めていた専門学校の講師に「認知症高齢者の選挙」について伺ったので報告。ツイッターでフォローしている方と、都知事選の桝添票のうち70代が信じがたいほど多かったのを受けて、不正があったのでは?という話になったためだ。
病院にせよ介護施設にせよ、入院して選挙に行けない人のために「代理選挙」という制度がある。きちんと監視の下、本人の意志表示を書きとめ、それを一票として届けるという段取りなのだそうだが、では、認知能力を喪失して何も選べない人はどうするのか。最初から頭数に入れないそうである。要するに認知能力のない人を頭数として組織票に悪用することはできないことになっている。
が、認知能力の有無を選管に届けるのは施設。そこに不正が入り込む隙はあるだろうし、たとえあったとしても認知症高齢者の民意を正確に届けるのは「努力義務」なので立件は難しいのではないか?というのが先生の話。何の結論にも繋がらないが、これは問題意識として持ち続けなければならないことであろう。デイサービスにこれから勤めることになる自分としても。
さて、今日の本題はここから。先生とそんな話をしたあと「どもです。こんなん勤め先では絶対聞けねえしなあ」と言ったおいらに、先生が急に真顔になって言った言葉。
「うん、仕事先で政治の話は絶対やめといた方がいいです」
悲しいけど、これが現実なのですよ。政情が不安になれば真っ先に削られる福祉の、しかも介護保険という極度に政治的なものに依存する介護施設ですら。
職場という金儲けのために人が集まる場で政治へのアクションを呼びかけるには相当高いハードルがある。まず周囲から人間的に信頼されていること。これは職場に限らずいかなる場でも同じで、どうでもいいような奴がナントカ主義を唱え出してもよほどのことがない限りそれに心を動かされることはない。議論が成立する場を作り上げる努力と、そこに人を引き摺り込む努力は結局のところ「人たらし」の腕だ。政治家の活動と市民運動を切り離したがる人の気持ちは分かるが、市民運動ひとつ起こすにも「政治力」が必要なことはれっきとした事実。
また、職場においてはその人の功績が大きくモノを言う。「あいつの言うことは信用できる」と職場で思えるというのは要するに「あいつは仕事ができる」のと同義。一市民が政治の世界に何かをぶん投げたいならまず何よりも一生懸命自分の仕事をしなければいけないというわけ。そうやってそれなりのポストを得た上で、いざ会社に革命を起こそうにも根回し、利益との兼ね合い、上との駆け引き、接待などなど、結局やってることは政治家と変わらん、ということになるが、ここまで行くと相当存在感のある有能な人間でなければ勤まらない。
ではこの状況は「おかしい」のか?
書店の件のように明らかに世情に悪影響を与えている場合はおかしいだろう。誰だって自分の生業に胸を張っていたい。しかしそうでない場合は一概には言えない。なにしろ会社というのは営利のためにあるのであり、社員は営利のために働くのだ。そこに、ニュースでしか聞かないような問題を持ち込んでも「ンなこと言ってねえで仕事しろボケ」となるのは目に見えている。
これまで自分の労働人生に照らして労働者の一日を列挙してみる。
①朝、ニュースや新聞で安倍のたわごとを眺め「いらっと」するがメシと一緒に飲み込む。
②職場に着く。午前が終わるまではまず無心でお仕事。余計なことを考える暇はない。
③昼飯。食いながら安倍のたわごとの話題が出る。みんなしていらっとすることで、「あーみんなも同じなんだ」と安心するが、だからどうするなんて話には発展しない。
④午後も急き立てられるようにおしごと。定時に帰れるなんて稀であり(もちろんサービス残業)、やっと解放された後は友人のメールに返事したり誰かに会いに行ったり。気付けばてっぺんを回っている。
⑤慌てて寝る。
ちなみに週休二日なんて外国の話としか思えない中小企業での話。休日はぐっすり寝て、誰かに会うくらいで精一杯。
さて、こういう生活している人が「政治どころじゃない」と言ったとして、あなたはそれを怒れるだろうか?ちなみに既婚者だと一日にやることはもっともっと増える。
書店に勤めてたとき、自分と同世代の昔の友人に「たまには店に顔出せ」と言うとほとんどの返事が
「忙しくてなあ。オレもたまにはゆっくり本とか読みたいよ」
大学4年間でアパートを本まみれにしてしまったような奴ですらこう言うのだ。本当に、びっくりするくらい働きざかりの男性の読書人口が減っているのを肌で感じている。そりゃ甘えているところもあるだろう。時間はつくるもの。けどそれを、週休二日で就職した時から組合があり、定時で帰れるような優良企業や、公務員たちなんぞに言われたくはないだろう。本当に労働条件の悪化で死ぬ思いをしている。そんな彼らはネットなんて全然見てない。見る余裕なんてないのだ。(そういや、Wikipediaへの書き込みがやたら官公庁からのものが多いという話が昔流れた。やつらにブラック企業の話をしても絶対理解できないだろう)
本当に(今後のオレも含まれるであろうが)彼らの政治参加が必要なのは分かる。彼らに政治に目を向けるだけの余裕のある日常があるなら経済特区なんて話は出るまでもなく廃案だろう。
けど、それがないからと言って彼らを「愚民」呼ばわりは勘弁して欲しいのだ。多分これほどまでに極端な政情になっていることに気付けば、どんなに忙しい奴だって「なんとかしなきゃ」と思う。今はそうなって行く過程の時期なんだと思う。辛抱強く、付き合ってくれることを切に願う。