「民意の奴隷」になんかなりたかないんだろうが。

いろいろあったけど、私はまァ、元気なのかな?
今どうしても気にせざるを得ないのが民主党の代表選挙なのだが、なんというか、Twitterなんかでがんばってる「民の声」と現場の空気との剥離にもう、どうしようもない気持ちにさせられている。
「民主主義国家における政治家」っていうのは単純に、民意ってやつを立法他に反映するための実務家でしかないというのが民主主義のタテマエで、その民主主義ってやつをやりたい「民」が政治家たちに一生懸命物を申しているのだが、それらに対する政治家各々の反応はやはりどこかよそよそしいように思う。
気持ちは分かることは分かる。だって一般に「政治家」っちゅうのは上に示した「実務家」のイメージとはあまりに違っている。彼らだって言いたいこと、やりたいこと、そしてなりたい自分があって、彼らにとってそれらはきっと、一般に持たれる「政治家」のイメージの方に近いのだろう。力強く民を引っ張り、魔法のような手口で国内の問題を解決するリーダー的な何か。そういう指向のヒトが何を好きこのんで「民意の奴隷」なんかになりたいものか。要するに、そういうことなんだと思う。田中角栄小沢一郎あたり、絶対「民意の奴隷」になんかならなそうなツラしてる。政治家というのはそういうもの、という一面を既に我々は70年間容認して来てしまっている。
けどそういうものへの中途半端な憧れが民主党をダメにしてないかね?あなたがたが目指す日本国というのはどういうものなのかね?そこを明快に示せないなら一度、去年の都知事選宇都宮方式で民の声にいちいち反応してみるとかしたらどうか。
民主主義ってやつがどんなもんか、実際試してみてはどうか。
「民の声」ってやつの無遠慮さに「何様よ?」という表情がモロに見える民主の政治家さんよ。「民意の奴隷」になんかなりたかないだろうが、あなたらが掲げる「民主」とはそういうことなんだってことくらいは分かってるんだろ?